走る旅人よしだりょうの自由すぎブログ

36時間の走る旅をしている飲食店オーナー×ランニングコーチのブログです

阪神淡路大震災から23年。あの日のわたしと今日のわたし。

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毎年、必ず目が覚める1月17日5時46分。

不思議やな~。

昨日まで忘れていたのに。

 

目が覚めて、そっか、今日は1月17日なんやって毎年思う。

(写真は3年前のものかな?)

 

そして、思い出す。

今思えば地獄絵図でしかない。

 

物凄い音。

窓ガラスはバラバラに割れていき、

机に飾っていた宝物のプラモデルたちは成す術もなく私に落ちてきて、

当時飼っていた犬が飛び込んできたので、

母の「布団中に入っとけ!!」という叫び声を聞いたからか、

とにかく犬を抱きかかえて布団の中で、

今起きている何かが終わるのを待っていた。

 

ごっちゃごちゃになった家。

 

どうみても傾いていた。

 

玄関から外に出ると、

向かいの2階建ての家は、

綺麗に1階建てになっていた。

 

かつては2階だったところから、

その家のおっちゃんが顔を出して、

「1階のコタツで寝てて、夜中に目が覚めて、2階に寝なおして助かった」って、

明るい表情で話していた。

 

隣家の新築住宅は、その家は問題なく建っていたが、

これまた向かいのボロアパートが雪崩のように突き刺さっていて、

玄関が開かない状態だった。

この家はのちに取り壊される。

建ったばっかりだったのにね。

 

「ガス漏れが起きているから車はあかん!!」

「友達がおるから行かせてくれ!!」

 

周りで大人たちが言い争っていた。

23年前のあの日のわたしはまだ小学2年生だったので、

あまり状況をはっきりとはわかっていなかった。

 

1歳下の弟と一緒に毛布にくるまっていた。

1月の早朝なのに、あまり寒いって思っていなかったように思う。

 

ず~っと空に漂う黒い煙を見ていた。

 

家から少し登った高台から見下ろした海側の街は、

戦争映画の1シーンのように黒い煙を出して燃えていた。

 

あの日の私が見たものが、はっきりと蘇ってくる1月17日。

 

でも、想うことは毎年違っていることもあり、

同じ想いもある。

 

あんな地獄の状態をよく切り抜けられたな。

おかんスゲーなとか。

 

今日のわたしが想うのは、

やっぱり可能性のなかで生きていてはダメだなってこと。

 

「いつかきっと」→やらない

「~ができるようになったら」→やらない

「継続できるかどうかわからない」→やらない

「どうなるかはわからないものに投資はできない」→やらない

 

未来の可能性のなかで生きている限り、

今を一所懸命に生きることなんてできない。

 

未来なんて誰にもわからない。

だから、今しかない。

そして、やるのは自分しかいない。

 

よく「亡くなった方の分まで」という言葉を目にするけど、

そんなの不可能で無責任だと私は想う。

ただただ、自分のために今を一所懸命に生きるだけ。

 

亡くなった方には次の世があるのだから。

 

今日のわたしは、今を一所懸命に生きる。

ただただ、それだけ。

 

そして、今の生があることに、

ただただ感謝しております。

 

ありがとうございます。

 

 

よしだ りょう

 

 

私がオーナーを務めるオーガニックとグルテンフリーの飲食店@奈良

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