走る旅人の神ブログ

走る旅人×ランニングコーチ×飲食店オーナーのブログです

他人の人生と自分の人生を混同しない選択を

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スポーツと命から考えること

 

先日、トレイルランニングの大会中に滑落事故が起こり、

大会に参加されていた選手が1人、亡くなられました。

 

亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

 

 

まず僕の言いたいこと。

他人の死は他人の死でしかありません。

そして、トレイルランニングじゃなくても、

スポーツで亡くなる方はいるということです。

 

例えば、マラソンは突然死が多いスポーツですし、

トライアスロンでも亡くなられる方はいます。

ボクシング、

F1、

野球でも。

 

ボディコンタクトがあるなしに関わらず、

命の危険があるスポーツはたくさんあります。

 

トレイルランニングもそんなスポーツのひとつです。

 

だから、どうでもいいというわけではなく。

だから、トレイルランニングをするなというわけでもなく。

 

僕たちはどんな場合であっても死と隣合わせの生活なんです。

だから、なにもトレイルランニングだけが特別ではないんです。

 

そして、もっと突っ込んでいうならば、

他人の死は他人の死でしかありません。

そして、自分の死は自分の死でしかないんです。

 

命はそれぞれ、その生物の命。

 

確かに、今回の事故は重大な事故だったに違いありませんが、

大会を中止することではなかったと僕は思います。

 

他のスポーツなら、選手が亡くなったとしても、

大会が中止になることはあまりないでしょう。

 

他人の課題と自分の課題は別々なのです。

人それぞれ、その一瞬一瞬になんらかの懸ける想いがある。

 

それを全てごちゃ混ぜにすることは、

余りに酷いと僕は思います。

 

こんなことを書くと

「なんてひどいことを言うやつだ」と思われるかもしれません。

 

ですが、毎日何万人もの人が亡くなっています。

その全ての人の死を弔うことができますか?

その全ての死にあなたの歩みを止めることができますか?

 

もちろん目の前の命に想いが強くなるのは当然ですが、

多くの人の営みでは全ての死に目を向けるなんてことはないはずです。

 

交通事故が起きても車に乗る人は乗ります。

電車で人身事故が起きても電車は走ります。

マラソンで突然死が起きても、走る人は走ります。

トレイルランニングで死亡事故が起きても、走る人は走ります。

 

そうであっても命を軽く見ているとか、

そういうことではないはずです。

それとこれとは別問題なのです。

 

人それぞれ、それぞれの人生を生きています。

他人の人生を生きない。

僕たちは常にその判断が必要だと思います。

 

自分の人生を生きながら、

他人を幸せにする行動をする。

 

それが幸せであり、

自由であり、

人の生業だと思います。

 

今を生きるこの命を、自分の営みを、

この生を全うすることこそ、

命を大切にすることではないでしょうか。

命=人生を重くみることではないでしょうか。

 

 

よしだ りょう

パーソナルトレーナー/モチベーター/飲食店プロデューサー/文筆家/奈良観光マラニックナビゲーター

 

 

私がオーナーを務めるオーガニックとグルテンフリーの飲食店@奈良

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